フンメルの演奏については、ベートーヴェンの弟子でもありリストの師匠ともなったカール・ツェルニー(Carl Czerny)の自伝の中に次のように記載されている。

 

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 およそ1802年から04年までの数年間、私は父と一緒にモーツァルト未亡人(*コンスタンツェ・モーツァルト)の家を訪れていた。そこでは土曜日ごとに音楽の夕べが催されていたからである。そこでは、シュトライヒャーの弟子でもあるモーツァルトの息子(*フランツ・クサーヴァー・モーツァルト=1791年生まれのモーツァルトの末子)がきわめて巧みに演奏していた。

 

 そんな音楽の夕べのひとつのことである。いつもよりずっと多くの人々が集まっていた。ところが私はそうした多くの優雅な紳士淑女の中に、随分と奇異な感じのする風貌の青年がいるのに気がついた。

 

・いつもピクピク動かしている下品で不快な顔面

・きわめて趣味の悪い服装

・薄ねずみ色のフロックコート

・深紅色の長いベストと青色のズボン

 

以上の姿からは、どこかの田舎村の学校教師ではないかと思われたが、そんな感じとは裏腹に、彼の指という指には高価な指輪がはめこまれていて、それらが一緒になって光り輝いていた。

 

 音楽会はいつものようにすすめられたが、最後になって例の青年(20歳をいくらか超えたであろうと思われる)が弾くように勧められた。

 

 私はそこでなんとすばらしい巨匠の演奏を聞いたことか!

 

 当時の私はすでに、ゲネリック、リパフスキー、ヴェルフル、そしてベートーヴェンでさえも聞く機会をしばしば持っていたのに、この貧相な男の演奏は、私にはまるで新世界のように思われた。私はそれまで、
これほど新しくて輝かしい技法を、
これほど清澄で典雅で繊細な演奏表現を、
これほど豊かな趣味を持ってまとめあげられたファンタジーを
聞いた事は一度もなかった彼がその後、モーツァルトのソナタを数曲、クロンマーの弾くヴァイオリンと一緒に演奏したとき、以前から知っていたそれらの曲も、私には新世界に移ったのである。


 演奏が終わってすぐ、この青年がフンメルという名で、かつてはモーツァルトの弟子であり、今はロンドンから戻ってきている(ロンドンではクレメンティに師事していた)ということを知った。
 

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ツェルニーの自叙伝(1842年執筆)より
*注釈:フンメルノート

 

 

(つづく)