フンメル研究ノート〜Review〜

ヨハン・ネポムク・フンメル(Johann Nepomuk Hummel)の個人研究サイトのレビューページ。CD紹介をはじめ、フンメル関連ニュース等を紹介していきます。 ●フンメル研究ノート●http://hummelnote.wix.com/hummelnote

CD紹介-ピアノ協奏曲

モーツァルトのライバルと実の息子の協奏曲集

Franz_Xaver_Mozart_(Wolfgang_Jr)_1825フランツ・クサーヴァー・モーツァルト(1791-1844、以下フランツ)は、父モーツァルトが亡くなる4ヶ月前に末息子(第6子)として誕生。5歳の時、プラハでニーメチェク(父モーツァルトの伝記作家)からピアノの初レッスンを受け、7歳の頃からピアニストを目指して父の簡単な作品を弾くようになり、同時に父のライバルとされたサリエリに歌唱と和声法のレッスンを受けます。また大巨匠のハイドンからも教育を受けたり、さらに父の一番弟子でもあり、当時すでに人気作曲家として活躍していたフンメルを初め、フォーグラーやアルブレヒツベルガーといった父と交流のある音楽家の教育を受け、後に母コンスタンツェの希望でヴォルフガング2世を名乗ってピアニストとして活躍しました。

 実際にフランツがピアニストとして最初に活躍したのは、1805年4月8日、父の友人でもあるハイドンの73回目の誕生日を祝って催された演奏会です。この時、フランツは14歳。彼は父のピアノ協奏曲および自作曲などを演奏しました。聴衆は大喝采でこの若いモーツァルトを迎え入れ、ハイドンも涙を流して拍手したと伝えられています。当時の評論も好評で前途有望かに思えましたが、父の重圧でしょうか? はたまた母コンスタンツェの期待の大きさからくるプレッシャーでしょうか? 17歳にして独立してしまいます。「父モーツァルトの名を汚さないように」と皆から言われたことが、彼にとって一生の重荷となっていったようです。とにかくウイーンから離れたかったのでしょう。とうとうポーランドに家庭教師の職を見つけ出て行ってしまったのです。当時の職業音楽家の生計事情が悪かったため、彼も父同様定職探しに奔放し、ピアノ教師になったり、演奏会を開いたりして各地を転々としています。
 
 1819年には、ウィーンを離れてから11年間会っていなかった母親と再会しましたが、その時フランツは次のように語っています。
 
「彼女は私の愛せる本当の母親になっていた」
 
  再び演奏旅行に出かけ、ドレスデンでは指揮者兼作曲家であったウェ−バーを訪問したり、プラハでは演奏会で成功収めたりしています。さらにイタリアに行った際には、当地で公務員となっていて20年間生き別れになっていた兄カルル・トマスに再会しました。

  さて、フランツはその後も各地を転々としながら定職を見つけるため活動しますが叶わずじまい。31歳に就職活動に終止符をうち、レンベルグでピアノ教師として生きていくこととなります。1841年、ザルツブルグで「モーツァルテウム」というモーツァルト財団と記念館が設立された時も館長職を希望したが叶わず、「名誉楽長」という地位に落ち着いてしまいました。翌1842年には、母コンスタンツェが79歳でザルツブルグで亡くなり、母の長寿とは逆にフランツは翌年1843年7月29日に53歳の生涯を閉じました。


フランツのピアノ協奏曲は意外と多くリリースされており、古くはヘルウィグの演奏でOPUSというレーベルから1970年代にはリリースされていました。
それ以外にも
0044747206226.團▲龍奏曲第2番が父モーツァルトと祖父レオポルドとの曲とカップリングで収録されているCD






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▲▲鵐肇襯皀鵑離團▲里派磴梁22番とのカップリングで収録されているCD







FXMozart_1501752_DSピアノ協奏曲2曲とも収録されているNOVALISからリリースされたCD






など数種類が存在し、それらに今回のシェリーのアルバムが加わりました。

演奏はさすが、モーツァルト、ベートーヴェン、フンメル、モシェレス、カルクブレンナー他多くの作品をリリースしてきただけあって、粒が際立った若々しく華麗なピアノテクニックを聴かせてくれます。

Muzio_Clementiクレメンティの協奏曲も3種ほどリリースされていますが、これはピアノソナタのOp.33-3はもともとピアノ協奏曲であったであろう、ということで復元された曲ですので、オーケストラ部などオリジナルではありませんが、違和感なく聞くことができます。クレメンティに関しては交響曲も重厚で華麗でとっても面白いのですが、このピアノ協奏曲も同世代のモーツァルトとは違って、より現代のピアノにあう楽曲であり、部分的にはベートーヴェン的であり、第一楽章の展開部のピアノパッセージ等はクレメンティの弟子でもあるフィールドのピアノ協奏曲に出で来るようなフレーズがあり聴きごたえあります。


ハワード・シェリーのピアノと指揮での「古典派ピアノ協奏曲シリーズ」の第三弾は、F.X.モーツァルトの2曲のピアノ協奏曲と、F.X.の父 W.アマデウス・モーツァルトのピアニストとしての好敵手、M.クレメンティのピアノ協奏曲という大変面白い組み合わせのアルバムです。

第一弾でドゥシェック、第二弾はシュタイベルトと埋もれた古典派の音楽史シリーズともいえるものですが、どれも聞いていて楽しくなってしまいます。

モーツァルトと同時代の作曲家、そしてその息子の作品、マニアックですが是非多くの人に聞いてほしいなぁと思います。


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シュタイベルト ピアノ協奏曲集

シュタイベルトって聞いたことありますか?
 

Steibeltベートーヴェンの伝記などを読むと出てきますので、名前だけは知っているという人も多いかもしれません。

ちょっと音楽史やそうした作曲家のエピソード集みたいなのを読んでいる人には逆に有名な人物かもしれませんね。


何と言ってもベートーヴェンにピアノ演奏の対決申し込んでおいて、実際ベートーヴェンの演奏中に逃げ出してしまった人ですから(笑)


ダニエル・ゴットリープ・シュタイベルト(Daniel Gottlieb Steibelt)は1765年10月22日ドイツ産まれのピアニスト兼作曲家です。時代的にはモーツァルトより9歳下、ベートーヴェンより5歳年上になりますね。

細かいエピソードや滑稽や話、その破天荒な行動や性格のせいか、どちらかというと馬鹿にされて歴史に名を留めてきてます。かわいそうに(笑)


それでもオペラや劇音楽、室内楽も作ってヒットさせている単なる腕のいいピアニストではありません、作曲家です。

この人の経歴や評価はピティナさんところで翻訳されているマルモンテル著『著名なピアニストたち』で詳細が分かりますので興味ある方は是非読んでみてください。


20070923_354692で、そんなシュタイベルトが数々のピアニストの歴史本や音楽史で言及されているのが、「見かけ倒しの派手なテクニックを使ったピアノ演奏で当時の人気を得ていた。しかも奥さんがタンバリン奏者でピアノとタンバリンの踊り付きパフォーマンスで舞台を演出」とか、「本当のテクニックには及ばない見せかけの演奏と作曲技法」とか、シューマンやメンデルゾーンやショパンが、ベートーヴェンとフンメルを評価していたのに比して後輩たちから全く尊敬されていないし言及もされていない作曲家。


散々ですね。その代表曲「ピアノ協奏曲第3番「嵐」」もシュタイベルトの見せかけテクニックをより派手に演出するように作られている、とか(笑)


そんな曲、聞いてみたくなるに決まっているでしょう。と長年思っていましたら、やってくれました、ハワード・シェリー


彼は80年代終わりからのフンメルのピアノ協奏曲シリーズ以降、埋もれてきた古典派、初期ロマン派のピアノ協奏曲を積極的に録音してきました。昨年のドシェックの作品集も貴重でしたし、モシェレス、エルツ、タールベルク、ヒラー、クラーマーなどなど素晴らしい発掘録音しています。僕が一番評価しているのは カルクブレンナーの全集です。


そんなシェリーが今回リリースしたのがなんとシュタイベルトのピアノ協奏曲集。

シュタイベルトは8曲のピアノ協奏曲を残しているそうですが、今回リリースされたのは


ピアノ協奏曲第3番 ホ長調 「嵐 L'orage」 (1799年)

ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 「狩り A la chasse」 Op. 64 (1802年)

ピアノ協奏曲第7番 ホ短調 2つのオーケストラによる「ギリシア風軍隊協奏曲 (1816年)

というシュタイベルトが奇をてらっているとしか言いようのないタイトルと派手な演出がある3曲のピアノ協奏曲です。
 

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Daniel Steibelt (1765-1823) Piano Concertos Nos 3, 5 & 7 Howard Shelley (piano), Ulster Orchestra, Howard Shelley (conductor)
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<<聴いた感想>>

とにかく楽しい(笑)

なかなか重厚なオーケストラで始まり、それなりの美しいメロディーが次々と流れてきます。

驚いたのが第3番は1799年に作られていますが、モーツァルトが亡くなってまだ8年しかたっていないこと、ベートーヴェンの第3番ハ短調が世に出る前だということ。

その時代にこれだけヴァルトーゾ的協奏曲があったでしょうか?曲だけ聞けば1810〜20年代のフンメルに続く世代のピアノ協奏曲のようです。

有名な第3楽章の「嵐」も派手なオクターブ双方を駆使して、生で見ていたらさぞかし楽しいだろうなぁと感じました。ドシェックやクラーマーのまじめでお堅い協奏曲より絶対楽しいです(笑)


メロディーメーカーではあるけど、ベートーヴェンやフンメルに及ばないのは構成力、メロディーを活かした展開、陰影、でしょうか。聞き終わった後、派手さは記憶されていますがメロディーが思い出せません。とにかくいろんなメロディーの詰め合わせのようになっていて、まとまりがないからですかね?


でもこの時代の協奏曲にまた一つ、楽しめる一枚が加わりました。


 

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ツェルニー/ピアノと管弦楽のための技巧的変奏曲集

ツェルニー:ベル・カント・コンチェルタンテ

ピアノと管弦楽のための技巧的変奏曲集
(タック/イギリス室内管/ボニング)

573254
レーベル名 :Naxos
カタログ番号 :8.573254


収録曲は、
  • 1.序奏およびベッリーニの歌劇「ノルマ」からのテーマによる変奏曲とフィナーレ,Op.281
  • 2.オベールの歌劇「フラ・ディアボロ」からのモチーフによる大変奏曲op.232
  • 3.ベッリーニの歌劇「海賊」からのルビーニのカヴァティーナによる序奏、変奏曲と華麗なポラッカ ニ長調 ,Op.160
  • 4.バチーニの歌劇「信仰の勝利、ガリアのアラブ人」の行進曲による序奏と華麗なる変奏曲,Op.234

 どの曲も当時ヒットしたオペラから題材を選んでいるピアノとオーケストラの為の変奏曲集。


 Op.73のハイドン「皇帝」のテーマによる変奏曲を聞いた時には、フンメルやウェーバーに匹敵する面白い作曲家、のイメージがあり、練習曲以外(←ここ強調)の楽曲が発売されるやほとんど集めていた作曲家のひとり。
 回想録も出版されており、ベートーヴェンやフンメルとの出会いや奏法のこと、当時の流行などとても興味がもてる内容でした。
 ただし、今回の変奏曲集は、奏法的には技巧的で華麗ではあるけども、全然記憶や印象に残らない感じでした。演奏や録音は優秀。でも楽曲のせいなのかな? 馴染みのないオペラの旋律のせいなのかな?

 僕にとってはツェルニーってなんとなく遊び心が感じられず、いつも「ほほう。なかなかな曲だな」の段階で終わってしまいます。交響曲も立派なんだけど、ツェルニーの交響曲よりもクロンマーの交響曲の方が楽しいし、ピアノ協奏曲もカルクブレンナーの方が楽しい、また聞きたい、と思わせるのです。
 

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【打込音源紹介】フンメル/「ロンドンからの帰還」Op.127

【打込音源紹介】フンメル/ピアノとオーケストラの為の序奏とロンド・ブリランテ「ロンドンからの帰還」Op.127 (1830作)

 
Johann Nepomuk Hummel
Grand Rondo Brilliant in F,Op.127 "Le repour de Lindres"

Sequenced by Mikio Tao
Sequencer:SSW9 Lite
Score creation:Music Pro Windows Plus
Sound:GARRITAN PERSONAL ORCHESTRA 4/ARIA


フンメルのピアノとオーケストラの為の序奏とロンドは、フンメルのピアノ協奏曲の分野における最後の作品であるばかりか、Op.127という作品番号が示す通り、生前出版された最後の作品である。

この作品の副題である「ロンドンからの帰還」とは出版の際に尽力してくれたモシェレスにあてたお礼の手紙の中で書かれていた言葉であるらしい。

フンメルはロンドンのフィルハーモニア協会の初期会員であり、1830年には幼少期以来40年ぶりにロンドンへのツアーを行ったが、戻って1831年に作曲され、1833年に出版された。

へ短調の即興風の序奏から始まるが、フンメルらしい装飾と華麗な装飾によってロマン派の作品と見まがうかのような雰囲気を作り上げている。
ヘ長調のロンドでは一転して明るい行進曲的、またはスコットランド舞曲風の雰囲気のテーマで始まり、技巧的なパッセージを含む第2第主題の経て、幻想的な中間部に入る。クラリネットの落ち着いた静寂のメロディーが次第に激しい感情的な展開を繰り広げ、ピークに達したところでロンドのテーマに戻る。

編成は小さ目で、フルート、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2に弦5部である。そのオーケストラ部分は非常に補助的で、第2、第3主題と中間部のテーマでは管楽器が印象的な扱いをされているものの、弦楽器関しては伴奏に徹しており、主題を奏でたりするようなこともない。

貧弱なオーケストラ部分とは異なり、ピアノ独奏部分は終始演奏し続けなければならず、かなり難しいパッセージを安定したテンポと均整のとれた音を出し続けなければならず、汗をかく大曲ともいえる。また全体を通して陰と陽のコントラストが交差し、聴く者の心を捉える。

この時代の演奏会用協奏曲の名曲である。

なお、CDではF.リースのピアノ協奏曲シリーズを完結させているNaxos盤、ピアノ:ヒンターフーバー、グロット指揮、イェヴレ響




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いやはや、久々に良盤ゲットです!/ドゥセックのピアノ協奏曲集

いやはや、久々に良盤ゲットです!

古典派からロマン派のピアノ協奏曲を演奏・録音し続けているハワード・シェリーの演奏/指揮によるJ.L.ドゥセックのピアノ協奏曲集がリリースされました。



Dussek002Jan Ladislav Dussek (1760-1812)
Piano Concertos
Howard Shelley (piano), Ulster Orchestra, Howard Shelley (conductor)

シェリーは英シャンドスからモーツァルトやベートーヴェンというメジャーな作曲家のピアノ協奏曲集をリリースしており、特にOrchestra of Opera Northを指揮振りしているベートーヴェンの全集は素晴らしかったし、フンメルのピアノ協奏曲シリーズも貴重かつ名演奏だと言えます。

今回のリリースは同じ英国のハイペリオンで、このレーベルは「ロマンチックピアノ協奏曲シリーズ」と題して普段あまり聞くことのできない、また録音されていない作曲家たちの作品を精力的に世に出しています。そして、今回のドゥセックのピアノ協奏曲集は「古典派ピアノ協奏曲 1」とシリーズ化されていくものと思われます。


 
Dussek001ドゥセックはモーツァルトより4歳下で、モーツァルトの死から21年後の1812年に亡くなっていますので、時代的には完全に古典派ですが、彼は同時代人より遥かにロマン派に近い曲を多く書いています。というか、フンメルに似ているパッセージなどもあるのですが、明らかに独創的であり、他に真似ている人が見受けられない。実際は影響力があったのかもしれませんが、不明です。

当時は売れっ子作家・演奏家というよりも公人・貴族にもてはやされていた上流界に出入りしている作曲家、という印象を受けます。

ただし、ハイドンがロンドンでザロモンコンサートを開催している際に彼から絶賛されており、相当の実力者であったに違いありません。詳しくはwikiを参照してください。

彼のピアノ協奏曲は18曲の上るそうですが、これまで聞ける範囲では、ピアノ独奏曲やピアノ五重奏などに比べると古典派的であると言えます。

一方でト短調,Op.49など、次世代のロマン派ヴァルトォーゾ時代の作品そのものと言えるような曲もあります。

これまでリリースされているのは、ヘ長調,Op.17、変ロ長調,Op.22、ヘ長調,Op.27、変ロ長調「軍隊的」,Op.40、ト短調,Op.49、2台用変ロ長調,Op.63でした。
 
今盤にてト長調,Op.1-3、ハ長調,Op.29、変ホ長調,Op.70が加わることとなり、9曲のピアノ協奏曲を聴けることとなりました。改めていい時代です。
 

さて、今回収録されているト長調,Op.1-3は1783年頃の作曲。モーツァルトのウイーン時代前半の名作群、ピアノ協奏曲第14番〜19番と同時期です。
 
ハ長調,Op.29はモーツァルトの死後1795年の作品。クラーマーの第1番〜2番、フィールドの第1番と同時期です。
最後の変ホ長調,Op.70はベートーヴェンの第4番、第5番「皇帝」のほぼ同時期の作品となります。

三作品とも小編成でありますが、その表現力は劇的に変化・進化しており、大いに楽しめました。

 
何よりもシェリーの軽快・明朗なピアノとアルスター管弦楽団の響きはとても活き活きとしており、聞いていて心が晴々していくような感覚を受けました。

技術的な事は解説できませんが、モーツァルトやベーとヴェンと同時代人の優秀な曲と演奏を聴かせていただきました。こんなに買ってよかったと思わせたCDは久々でした。

【新譜紹介】F.リース/ピアノ協奏曲集第5集'第2番、第9番他)-ヒンターフーバー(ピアノ)他

クリストファー・ヒンターフーバー(ピアノ)/ウーヴェ・グロッド(指揮)のコンビが足かけ7年に渡って発表してきた唯一のリース(1784-1838)のピアノと管弦楽のための作品集もこの第5集で完結となります。

572742 第5集の収録曲は、

ピアノ協奏曲第2番変ホ長調 Op.42
序奏と華麗なるロンドOp.144
ピアノ協奏曲第9番ト短調 Op.177
 リース:ピアノ協奏曲集

 1806年に書かれた第2番はわずか22歳の頃に書かれた作品で、ベートーヴェンから独り立ちして5年後の作品。
 古典派ソナタ形式のしっかりした構成で書かれ、オーケストレーションはベートーヴェンの影響が大きいものの、その作風はフンメルなどと同様にヴァルトーゾピアノが活躍するブリリアント協奏曲です。第三楽章はどこかの民族舞踊のメロディーといろんなメロディーが交差する楽しい作品です。
 1832年に書かれた第9番の協奏曲は、よりピアノ独奏者の技量が問われる内容で、既にこの後のヒラー、タールベルク、リストといった世代の雰囲気があります。古典派というよりもロマン派の作曲家の協奏曲と言えます。もうベートーヴェンの影はなく、長く巨匠として活躍し、作品も多く出版してきた実績からくる自信に充ち溢れたリースの世界が広がっていきます。その分、初期の作品にみられた集中力というか構成力のメリハリというものが薄れ、より自由な流れと展開を繰り広げていきます。口ずさむつもりでの覚えやすさは初期の作品の方があります。また非常にワクワクする部分も沢山あるのですが、全編聞き終えた感想は「フンメルやウェーバーよりも地味かな」です。*あくまでも個人的感想です。ただし同じような感想をもっている方もいらっしゃいました。
 

 さて、これで全8曲のピアノ協奏曲とピアノと管弦楽の作品がすべて聴けることとなりました。今回の作品が第9番なのに8曲?と気付いた方、素晴らしい。

 実はtwitterで情報頂いている方からの指摘で初めて知り調べたのですが、フェルディナント・リースについてのwikiの記載には誤りというか、誤記があります。(kiriさんありがとうございます)
フェルディナント・リースFerdinand Ries1784年11月28日 - 1838年1月13日)はドイツボン出身の作曲家ベートーヴェンの弟子であり、師の回想録を出版した。主な作品には8つの交響曲ヴァイオリン協奏曲、9つのピアノ協奏曲、室内楽曲などがある。一部は録音されており、古典派と初期ロマン派の間の様式を示している。
 この9つのピアノ協奏曲というのが間違い。で実際このNAXOSのシリーズでも今回のピアノ協奏曲第9番と表記されていますが、過去のシリーズを拾うと第1番がないことに気付くはずです。

 実はリースの協奏曲の番号付けは下記のようになっています。
Concerto for 2 Horns in E flat major WoO 19 (1811)
Concerto No. 1 for Violin and Orchestra in E minor op. 24 (1810)
Concerto No. 2 for Piano and Orchestra in E flat major op. 42 (1808)
Concerto No. 3 for Piano and Orchestra in C sharp minor, op. 55 (1812, pub. 1826)
Concerto No. 4 for Piano and Orchestra in C minor, op. 115 (1809, pub. 1823)
Concerto No. 5 for Piano and Orchestra in D major, op. 120 'Concerto Pastoral' (c.1816, pub. 1823)
Concerto No. 6 for Piano and Orchestra in C major, op. 123 (1806, pub. 1824)
Concerto No. 7 for Piano and Orchestra in A minor, op. 132 'Abschieds-Concert von England' (1823)
Concerto No. 8 for Piano and Orchestra in A flat major, op. 151 'Gruss an den Rhein' (1826)
Concerto No. 9 for Piano and Orchestra in G minor , op. 177 (1832/33)
  そう、協奏曲第1番はヴァイオリン協奏曲なんです。珍しい番号付けですね。
 
 今、NAXOSでは「運命と呼ばないで」というリースのベートーヴェンに弟子入りしていた頃の回想録を元にした漫画を連載しています。ついでなのでリースについても説明を加えておきます。

220px-FerdinandRies
1784年11月28日(受洗日)、ボン生まれ。1838年1月13日、フランクフルトにて没。音楽一家の出身で、父親はヴァイオリン奏者のフランツ・アントン・リース。幼時からピアノ、弦楽器などを巧みに演奏し、音楽の才能を発揮するが、良い教師に恵まれず、 1801年、ウィーンに渡ることを決意。同地で、父親のかつての弟子であった同郷の音楽家、ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンに師事。1804年には同地でデビューを果たす。
師のもとを離れてからは、ロシア、スウェーデンなどで研鑽を積んだのち、イギリスに渡り、この地でブレイク。ロンドンに居を構え、ピアニスト・作曲家・指揮者として活躍しつつ、ベートーヴェンの作品のロンドン普及にも貢献する。1824年に引退し、故郷ボンに戻ったのち、フランクフルトへ移る。音楽祭やオーケストラの運営などに携わりつつ、家族とともに平和な余生を過ごす。作品は交響曲8曲を初め、室内楽、器楽曲、協奏曲、声楽曲、オペラなどあらゆるジャンルに200曲程の作品を残した。

 
これを機会に、是非、フェルディナント・リース、聴いてみてください。
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オリジナル楽器によるフンメル ピアノ協奏曲集Vol.1

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【収録情報】
フンメル:
・ピアノ協奏曲イ短調Op.85
・ピアノ協奏曲ト長調Op.73
・序奏とロンド・ブリランテ ヘ短調 Op.127『ロンドンからの帰還』

 アレッサンドロ・コンメラート(フォルテピアノ)
 使用楽器:ヨゼフ・ベーム製(ウィーン、1825)&プレイエル(パリ、1937)
 

 ディディエル・タルパイン(指揮)

 録音時期:2009年11月、2010年9月
 録音場所:ブラティスラヴァ、スロヴァキア国営放送スタジオ
 録音方式:ステレオ(デジタル/セッション) 



この度低価格で人気のあるBRILLIANT CLASSICSから発売されたのは、フンメル ピアノ協奏曲集 Vol.1である。

収録されているのは、初期のマンドリン協奏曲をピアノ用に編曲して10年後に出版した小ピアノ協奏曲ト長調,Op.73と
中期のシュトゥットガルト就職プレゼンのために演奏された名曲、イ短調,Op85、最期の出版番号を付けられた晩年の『ロンドンからの帰還』Op.127の3曲。

Op73は、モーツアルトのまんま、のチャーミングとしか表現できない魅力的な曲で、オリジナルのマンドリン版でもピアノ版でも比較的多くの録音が出ている。

Op.85は、ロ短調,Op89と並ぶ代表曲の一つで、古典的協奏曲の中にロマン派に影響与えるべくメロディーやフンメルのテクニックが散りばめられたウイーン古典派の最後の巨匠にふさわしい協奏曲。

最期のOp.127も後の時代の作曲家のような序奏に始まり、民謡的なテーマに乗って軽快に奏でられる舞曲と行進曲が入り混じったロンドで、演奏者は相当な技巧を求められる曲である。




さて、演奏と録音ついて。

古楽器による演奏は、刺激過ぎを通り越して耳障りな音を響かせることがある。しかしこの楽団のCDはすでにフンメルのオペラとして世界初録音となった『ギース家のマティルデ』や、荘厳ミサ曲などが発売されており、すっきり、はつらつ、緻密なアンサンブルを聞かせてくれていたので、期待していた。

期待通り。ピアノもヨゼフ・ベーム製(ウィーン、1825)&プレイエル製(パリ、1937)と二種類使用しているが、どちらもピアノ一音のツブツブキラキラがよく聞こえて、アレッサンドロ・コンメラートの演奏も良かった。
特にOp.85は、多数の録音があるのに加え、ホグ、イギリス室内管(Chandos)の名盤があるためにどうしても比較してしまうのだが、この演奏は何回も聞けます。

是非是非、選曲集ではなく、全曲集としてほしい。

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ピクシスのピアノ協奏曲 The Romantic Piano Concerto, Vol. 58

220px-Johann_Peter_Pixis_by_August_Kneisel

先日発売された The Romantic Piano Concerto, Vol. 58 – Pixis & Thalberg
から、非常に珍しいピクシスのピアノ協奏曲2曲を紹介します。批評ではなく、個人的印象・感想です。


 ピクシス? 知らない人も多いでしょう。私も「ディアベッリのワルツによる変奏曲/Variationen uber einen Walzer von A.Diabelli」に参加している部分と、「ヘクサメロン変奏曲/Hexameron variationen」の部分しか聞いたことありません。

私が愛読しているWebSiteピティナ・ピアノ曲事典には、以下のように紹介されていました。

Pixis, Johann Peter  [ ドイツ ]  1788 - 1874

ドイツの作曲家。作曲家でオルガン奏者の父親から音楽の手ほどきを受けた。次男のピクシスは、兄もまた作曲家となった。兄はヴァイオリンを弾き、ピクシスはピアノを弾いた。兄と演奏旅行をしてピアニストとして有名になったが、ピクシス自身もヴァイオリンやチェロを弾くことができた。

 19世紀に入ると一家でウィーンに移る。そして、ピクシスはベートーヴェンやマイアベーア、シューベルトと出会った。後にパリに移り、そこではハイネやケルビーニ、モシェレス、リスト、ベルリオーズ、ロッシーニと出会っている。パリではヴィルトゥオーソとしてその名を馳せ、ピアノ教育者としても活動した。晩年はバーデン・バーデンで過ごした。

 作品の大部分がピアノ曲となっており、コンサート・ピースとサロン向きの小品がある。

このページでは作品リストもありますが、ピアノ独奏曲や室内楽曲が圧倒的に多くを占めていますね。特に7曲あるピアノ三重奏曲は聞いてみたい気がします。



さて、ピアノ協奏曲 ハ長調,Op.1001829年に作曲され、「オーストリアの皇帝陛下」に捧げられました。

1楽章Allegro moderatoは、2管編成のオーケストラが、ヴァンハルやプレイエルの交響曲に似た雰囲気の古典的前奏を華々しく展開します。それほど長大ではない前奏部分は、モーツァルトやコジェレフ、トマーシェックや先のヴァンハルの作品と比べると中途半端な感じがしますが、リストなどと比べると大きな違いがありません。第二主題は一変し、優雅な雰囲気に包まれます。

 しかし、ピアノソロに入ると、「ああ、モーツァルトより後の世代の音楽だ」ということが理解できるでしょう。ピアノソロが始まった個所からは、この時期のコンチェルトによるあるようにオーケストラは「脇役」に徹底します。休む間もなくピアノの独奏は続きますが、所々で特徴的な和音、三度の重奏パッセージが聴かれます。古典的協奏曲の始まりだと思って聞き続けていくと、「ほぅっ」と驚かされる展開や、パッセージがあるのですが、これといった印象に残る曲ではなく、一聴しただけで口ずさめるような感じではありません。展開においては、急にゆったりしたテンポになったり、感傷的になったりと陰影を強調していますが、当時の聴衆はこの技巧的なピアノ演奏と共に驚かされたのでしょうか?

2楽章Adagio cantabileは短いながらも美しい幻想的なノクターンを聴かせてくれます。

 第3楽章Rondo: Allegretto scherzandoに入ると雰囲気は一変し、この時期多く作られたピアノ協奏曲のロンドの典型というべき、民謡的・舞曲的テーマが繰り返され、ピアノは元気よく跳ね回ります。それに応じ形でオーケストラはアクセントをつけていくのですが、うーん、これといった特徴はないですね、というのが素直な感想。最後のファンファーレに導かれて華々しいコーダを迎えます。

 全体を通して、「オーストリアの皇帝陛下」に捧げらるのに相応しい「華々しさ」に彩られている協奏曲です。

ピアノの技巧的な部分は、ドゥシェック、フンメル、クラーマーといった作曲家に影響されているかな、といった感じです。


 


小協奏曲変ホ長調,Op.681824年に作曲されたもので、先の曲より古典的です。「小」と名がついていますが、急・緩・急の各楽章で構成された典型的な協奏曲で、ただし全楽章切れ目なく演奏されるようになっています。特徴的なのは、あまり聞いたことのない調性が不安定なパッセージが技巧的なソロの部分として何度かあらわれ、それが第一楽章の特殊な雰囲気となっています。小規模の楽曲の割には、第一楽章のオーケスト導入部は長大で、1/3も占めています。

 第二楽章では弦楽のソロとピアノの掛け合いが美しく展開されます。続けて軽快なロンドで占められます。

Op.100の作品よりは、よりまとまっていて、チャーミングな楽曲です。



 こうしてピクシスやヒラー、タールベルク、ヘルツ、カルクブレンナー、クラーマー、モシェレス、ドゥシェック等などの楽曲を聞いてくると、自分の好みではあるのですが、如何に「モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン」が素晴らしいメロディーメーカーだったのか、再認識させられます。彼らは、自演を見せながら聞かせる、自分の演奏技巧を披露する楽曲がメインであり、スタンダードな「ヒット曲」を作り出すまでには至っていない、というのが自分の思うところ。



もっともこうした隠れた作品を多く聴ける時代になったことに感謝しつつ、今日はこれくらいで。




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カルクブレンナー ピアノ協奏曲集(ハワード・シェリー)

フリードリヒ・ヴィルヘルム・カルクブレンナー
(Friedrich Wilhelm Kalkbrenner、1785年11月7日 - 1849年6月10日)


Kalkbrennerドイツで生まれ、主にフランスでピアニスト、ピアノ教育者、作曲者として活動した。両親がカッセルからベルリンへ移動する途中で生まれたとされている。パリ音楽院で学んだ後、ウィーンでハイドン、クレメンティ、アルブレヒツベルガーにも学んでいることから、「モーツァルトに学んだ」ということ以外は、フンメルと全く同じである。

パリではピアノの製造会社プレイエルの役員となり、ピアニスト、ピアノ指導者としての名を馳せた。ただ、器具を使っての手首の固定機器の推奨や長時間特訓を特徴とした教育法だったらしい。これらの指導法はフンメルのそれとは全く逆であったのが面白い。


作曲家としてのカルクブレンナーは、ピアノ協奏曲、多くのピアノのための作品や室内楽から宗教曲やオペラなどにも及び、時代的にも、作風的にもフンメルに近いところがある。

パリで大御所として君臨していた時代でも、同郷の先輩・フンメルには敬意を表して接していたらしく、フンメルのパリ演奏旅行の際には、モシェレスらとともに手足となって働いている。

自らをフンメルやベートーヴェンらとともに「古典派」と位置づけていた。次世代のリストやメンデルスゾーンからは、その気取った立ち振る舞いなどを揶揄されたりしていたが、ショパンとは交友を続けていたようである。


さて、今回の第2番と第3番であるが、あくまでもソナタ形式による典型的な古典派協奏曲であるが、そのメロディーはフンメルと遜色ないもの。ショパンが好んだのも理解できるほど繊細な面やロマンティックな雰囲気を持ち、明らかにベートーヴェンの楽派とは違うブラブィーラ演奏を多用しており、装飾やパッセージ等からもフンメルと同様に「ウィーン楽派」の当時の代表的ピアニストだったことも頷ける。

第2番は、トロンボーンを含んだ2管編成オーケストラを持つが、前奏以外は終始伴奏に徹する作風もショパンと同様である。
第3番は、ティンパニーを使用していないが、室内楽的という感じはしない。トランペットのアクセントもある楽曲で、何故ティンパニーを入れなかったのか理解できない。
アダージョ・エ・アレグロ・ディ・ブラヴーラは、当時の流行である演奏会用小協奏曲である。メンデルスゾーンの「華麗なロンド」のような雰囲気で、聞いていてとても楽しい。



同じハワード・シェリーによる演奏で1番と4番に続いてのリリースだが、今回の発売で、全4曲のピアノ協奏曲が聞けるようになったことは嬉しい限り。初期ロマン派が好きな人やフンメルを好きな人、ショパンの協奏曲が好きな人は、是非第1番第4番のCDと合わせて聞いてほしいと思う。


ちなみに、カルクブレンナーのピアノと管弦楽の為の作品は下記の通り(○が付いているのはCD化されて聞けるもの)

○ピアノ協奏曲 第1番 ニ短調,Op.61
○ピアノ協奏曲 第2番 ホ短調.Op.86
○ピアノ協奏曲 第3番 イ短調,Op.107
○ピアノ協奏曲 第4番 変イ長調,Op.127
 2台のピアノと管弦楽のための協奏曲 ハ長調,Op.125
 友好の誓約、大ロンドー,Op.66
 ベルリンの魅力、華麗な大ロンド,Op.70
 アイルランド民謡「我が家は冷たき土の上」によるファンタジーと大変奏曲,Op.72
 ロッシーニの歌劇「タンクレード」のアリア「こんなに胸さわぎが」によるファンタジーと華麗な変奏曲,Op.83
 「イギリス国歌」、序奏とフィナーレを伴う華麗な変奏曲,Op.99
 フランス民謡「ジャック兄さん、鐘をついてよ」による序奏と華麗なロンド,Op.101
○アダージョ・エ・アレグロ・ディ・ブラヴーラ 変イ長調,Op.102
 大幻想曲「夢」 変イ長調,Op.113
 カールズバードの魅力、華麗なる大ロンド,Op.174




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フンメル/ピアノ協奏曲集

Hummel: Piano Concerto, Eight Variations & CodaHummel: Piano Concerto, Eight Variations & Coda
販売元:Chandos
発売日:2006-04-18

1)L'Enchantment d'Oberon, Op. 116
2)Le Retour ・Londres, Op. 127
3)Piano Concerto in A major,WoO.24a
4)Variations "O du lieber Augustin"WoO.2

ネタがないため、昔のレビューから。
収録曲は、1798年、フンメル20歳の時のピアノ協奏曲イ長調と同じく初期の管弦楽曲「変奏曲」WoO.2、そして後期の1825年のロンドン・パリツアーの時に演奏されたウェーバーのモチーフをあしらった大管弦楽と技巧的ピアノが活躍する幻想曲Op.116、フンメルの最後の作品番号を持つコンサート・ロンドOp.127(1831年)。
Op.127は、世界初録音です。これによりフンメルの残したピアノとオーケストラの作品全てがCDで聴けるようになりました。

イ長調の協奏曲はまさに師匠のモーツァルトの影響が大きく、第3楽章などは、モーツァルトの15番の3楽章とそっくりなテーマで始まります。
ロココの香り漂う協奏曲。

一方、Op.127のロンドは、もの悲しい導入部がショパンのようなロマンが漂い、華麗なピアノの幻想が聴かれます。その後に続くロンドは、「ハンガリー舞曲風」のテーマで楽しげに始まりますが、常に明暗、陰陽を行き来し、淡い色彩感覚の中で進行していきます。ピアノソロのパートもかなり技巧的で、フンメルのピアニズムの集大成といった趣の楽曲。名曲です。なぜこれほどの楽曲がやっと初録音なのか?

演奏は、このシリーズ通して言える事だが、早めのテンポで若々しく聴かせます。シェリーのピアノもタッチ、表現に優れていて安心して、音楽に没頭できます。

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メーカーページ
http://www.chandos-records.com/details05.asp?CNumber=CHAN%2010374

フンメルの最初の一枚

フンメルを聞いたことがない方への最初の一枚としてのお勧め盤。
ピアニストでもあり、モーツァルトの弟子でもあり、ショパンに影響を与えたというフンメルの形容詞にぴったりの作品です。

Johann Nepomuk Hummel: Piano Concerto in A Minor and B MinorJohann Nepomuk Hummel: Piano Concerto in A Minor and B Minor
販売元:Chandos
発売日:1992-10-28
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フンメルはクラシック音楽ちょっと聞きます、程度の方には知名度無しでしょうが、クラシックファンの間ではかなり王道の作曲家。

トランペット協奏曲はハイドンの有名曲とカップリングになることも多く、日本では一番知られているでしょうが、フンメルの代表作といえるのがピアノ協奏曲、しかもこの2曲でしょう。

このフンメルにはピアノ協奏曲が8曲有り、そのうち生前出版された曲が5曲あります。つまり第5番までしか番号が与えられていません。

ここに収録された2曲は、第2番と第3番ということになります。

第2番 イ短調 Op.85
編成は、フルート、2オーボエ、2クラリネット、2ファゴット、2ホルン、2トランペット、ティンパニ、弦という古典派の標準的なもの。

エステルハージ家の楽長を辞してしばらくウィーンで舞曲や舞台作品、室内楽の作曲家として大いに人気を集めていました。妻に進められてピアニストとしての舞台にも復帰し、1816年のドイツ演奏ツアーは大成功を収め、ここから「ピアノの巨匠」の地位を不動のものとしたのです。このツアーで演奏されたのがOp.85の協奏曲です。

第3番 ロ短調 Op.89
編成は、Op.85とほぼ同じですが、ホルンが4本になっています。これは第2楽章のロマンティックで幻想的な部分で活かされています。
楽曲はベートーヴェンの影響もあるのか、力強く、ピアノソロはよりブリリアントでショパン的になっています。1819年、ワイマールの宮廷楽長に就任した年に作曲されました。
なお、ショパンのピアノ協奏曲は、この曲の影響がかなり反映されています。

このアルバムはフンメルの近年のブームのきっかけともなったアルバムでかつ最大のヒットアルバムでしょう。

音楽史における「ピアノヴィルトゥオーゾ」を最初に名乗り、また世間に認められた技巧的で華やかなピアノが活躍する古典派協奏曲の代表作で、この時期の作曲家では唯一のライバルがベートーヴェンというのも頷けます。

楽曲は2曲とも短調ですが、悲しいとか暗いとかではなく、美しいという表現がぴったりで、師匠のモーツァルトの伝統と次世代のショパンを予見させる雰囲気を持っています。

演奏も録音も優秀で、当時のグラモフォン賞受賞アルバム。

フンメルを聞いてみようかなと思われる人のファースト・チョイスにオススメです。
フンメル研究ノート

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フンメル研究ノートというサイトは、クラシック音楽鑑賞を趣味とする一個人が、ヨハン・ネポムク・フンメルの音楽の魅力に取り付かれ、永年かけて収集した情報・データをメモ代わりに掲載している「フンメル研究ノート」のレビューページにあたります。フンメル研究ノートは、あくまでもCD解説、書籍、辞書などから集めた情報を盛り込んだ継ぎはぎの情報を集めたものですので、事実とは違っていたり、解釈が違っている箇所も多いと感じていますが、もっと多くの日本人にフンメルの音楽の魅力を知ってもらいたいと思い公開しています。もっとフンメルの情報が知りたい。またはご興味がある方は、本サイト「フンメル研究ノート」を覗いてみてください。よろしくお願いいたします。

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