486px-Goethe_%28Stieler_1828%29ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe)
(1749年8月28日 - 1832年3月22日)

ドイツの詩人、劇作家、小説家、自然科学者、政治家、法律家。ドイツを代表する文豪であり、小説『若きウェルテルの悩み』『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』、叙事詩『ヘルマンとドロテーア』、詩劇『ファウスト』など広い分野で重要な作品を残した。

フンメルとはワイマールで交流し、共にこの地方都市を芸術の都としての地位にまで高めるべく活動をした。


 フンメルのワイマール時代は快適で実り豊かなものでありました。生活面の不安もなく、演奏旅行の機会も与えられ、比較的自由に休暇も取れたのです。

 
 何しろこの街にはゲーテがいました。彼を通じて知識階級の代表的な人物たちと知り合い、まもなくワイマールを訪れる人々の「目的そのもの」となりました。

「ゲーテと会い、フンメルの演奏を聴かずには、この町の訪問は完全なものにならない」


と言われていたそうです。

 フンメルの主な職務は宮廷劇場で指揮することでしたが、その他の職務は極めて多忙であったようです。年ごとの年金募金演奏会、祝賀会、公爵家の人々やゲーテなどの地元の名士敬意を表した特別演奏会、来訪音楽家の演奏会(1829年のパガニーニがその例の代表で、招聘・準備、演奏会運営までこなした)、さらに内輪のパーティーなどを主催し、指揮に当たったといいます。


 ゲーテのワイマールでの活動は、エッカーマンが生前のゲーテとの対話を記した『ゲーテとの対話』(邦訳では 岩波文庫 より山下 肇 の翻訳で上下巻にて手に入れることができます)がよく判ります。ゲーテの格言も沢山含まれていて、読み物としても大変面白く、また当時のゲーテの活動も良く理解できます。




 以前もこのブログで紹介しましたが、フンメルは、ゲーテとの交流の中で多くの未出版作品(プライベート楽曲)をゲーテに聞かせ、また献呈しています。

 それらの多くはカンタータで、代表的なものとしては〜
S.158 ◇ゲーテの誕生日用合唱曲「今日、気高き仲間に」 1822 Heute lasst in edlen Kreis (T, B, SATB)
S.173 ◇ゲーテの誕生日用独唱曲「陽気な日は」 1827 Kehrt der frohe Tag (独唱、声)
S.177 ◇ゲーテの誕生日用歌曲 変ロ長調 1829 歌詞欠
S.180 ◇ゲーテの誕生日用独唱曲「私たちは陽気に登る」 1829 Wir steigen frohlich (独唱、声) *消失
S.187 ◇ゲーテの在ワイマール50年祭用独唱曲「歌声をあげよ」 1825 Herauf Gesang (独唱、声) *消失
S.195 ◇ゲーテの誕生日用歌曲「夢は快く甘かった」 1831 *未完 Lieblich war der Traum
などでしょうか。

 また、ゲーテのリクエストに応えて、モーツァルトの交響曲を室内楽用に編曲したり、ピアノソロ用に編曲して演奏もしたそうです。


 フンメルの歌曲において、ゲーテの詩を使用している曲もあります。
「Zur Logenfeier  Lasst fahren hin das Allzufluchtige」は、ゲーテの詩によるフンメルのリートです。


 ゲーテはフンメルの事を、「現代における最高のピアニスト」と称し、当時数多く現れたピアニストや、ゲーテの前で演奏したピアニストを評する時に、フンメルと比較して論じたりしています。


 ゲーテにとっての最高の芸術家(作曲家)は生涯通してモーツァルトではありましたが....


  祝 ゲーテ生誕263年!

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