ベートーヴェンの名曲小品「エリーゼのために」のエリーゼって誰だ?
という議論は昔から行われているのだが、面白い見解の記事を。
フンメルの妻・エリザベートは、ベートーヴェンが恋心を寄せる一人であり、フンメルと結婚してしまったがためにフンメルとの仲違いがあった、というような文献もありました。

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今回は、asahi.comの記事より
http://www.asahi.com/culture/update/0728/TKY200907270454.html

ベートーベン(1770〜1827)の名曲「エリーゼのために」は知人の妹に贈った可能性があると、ドイツの音楽研究者がこのほど明らかにした。これまではハンガリーの伯爵令嬢「テレーゼ」に贈られ、判読しにくい文字を読み間違えて「エリーゼ」になったとの説が有力で、独研究者の調査は「エリーゼ」論争に一石を投じそうだ。

 ベルリン在住の音楽研究者クラウス・マルティン・コピッツ氏によると、「エリーゼ」は、ベートーベン作曲のオペラにも出演したテノール歌手ヨーゼフ・アウグスト・レッケルの妹で、独南部レーゲンスブルク出身のソプラノ歌手エリザベート(1793〜1883)の可能性が高いという。

 コピッツ氏は5月中旬、彼女が住んだウィーンの教会の書庫で、彼女の第1子の洗礼記録(1814年)を発見。母親の欄には「マリア・エバ・エリーゼ」とあり、当時、彼女がエリーゼと呼ばれていたことがわかったという。

 エリザベートは1807年、兄を追ってウィーンに住み、兄を通じてベートーベンと親交があった。10代後半の彼女の美しさは有名だった。1810年に作曲された同曲の正式名には「4月27日の思い出に」という記述があり、同年に彼女が一時、ウィーンを離れていたことから、コピッツ氏は「曲はエリザベートとの別れにちなんで作られた」との可能性を指摘する。

 彼女は1811年にウィーンに戻った後、ベートーベンの友人でライバル関係にあった作曲家のヨハン・ネポムク・フンメルと結婚。エリザベートは夫とともに、死の床にあったベートーベンを訪問。彼女に自らの髪の一部と羽根ペンを手渡したという記録も残っているという。

 「エリーゼが誰かという謎が解けて感激だ」と話すコピッツ氏は来年、今回の発見を論文として発表する予定だ。(ベルリン=金井和之)